第3話「インドの旅 月のアラビア海とあやしい液体マリ」

2008年12月、インドへ仕事で出かけましたが、ムンバイでテロがあった直後だというので、香港発ムンバイ行きの飛行機はがらがらの状態です。3人がけのシートには僕だけ。到着まで寝ッ転がってフライトできました。また、普段は人の群れでごったがえすムンバイ空港のイミグレーションが全く人がいない状態で、すばらしいスピードで通過できました。いつもむちゃくちゃな時間がかかるんですよね。良かった。しかし、テロの影響で、土のうで囲った機関銃の銃座が空港のあちらこちらにありました。自分は何もしていないのに強そうなインド兵にじろりと睨まれると何故か緊張してしまいます。

12月のムンバイは冬とはいえ日中は摂氏32度、夜間は摂氏20度と、とてもいい気候です。湿気が無いので昼間の摂氏32度も至極さわやかです。それでいて蚊もいません。これはビールが旨いんやけどな、と思いますが、インドで待っていてくれているビジネスパートナーのアショカさんは敬虔なヒンディー教徒でベジタリアン。酒もたばこも肉も魚もネギやにんにくも御法度。彼の家に好意で泊めてもらう訳ですから我慢、我慢、となるのです。これがやはり辛い。1週間の禁欲生活です。

バジリオ君、トレッドは大事ですよ。

今回はいろんな地域で仕事があったので、西へ南へと2千キロほどをクルマで走り回りました。軍出身の屈強なドライバー、Mr.バジリオの運転するトヨタのスコルピオ(日本にはない車種です。しいていえば小型のハリアー)が愛車です。インドの魅力はその広さ!早朝から赤い大地をクルマでえんえんと走り続けて日暮れ前に目的地に到着するという毎日のパターンです。しかし、オートバイで長距離を走る事が好きな僕にも、あの広さはちょっと苦痛かな?というほど広い。以前、オーストラリアを40日間ほどフォードファルコンを借りて走り回った事がありますが、その広さとはちょっと違う。で何が違うかというと、たしかにオーストラリアやシルクロードと同じように広いんですが、どこにでも人がいる。山にも人がいる。道ばたにも人がいる。畑の中にもテントを立てて人が住んでいる。どこにでも必ず人がいる、そんな広さです。
公称12億4000万人は伊達ではないんですね。それにしても運転手君のバジリオのめちゃくちゃ飛ばすこと。120キロ以下で走る事はほとんどない、140キロが普通の巡行速度。コーナーはタイヤが軋み、鋭い悲鳴をあげるんですが、最終日の休憩の時にふとタイヤを見て驚きました。なんとタイヤのトレッド(溝)がほとんどない!「オレはこんなタイヤの車にのってたんか!」しかし最初の日に気がつかなくて本当に良かった…。


アラビア海の日本人

良かったのは、リゾート地のゴアの近くの村で、夕方、月が夕暮れの空に現れたアラビア海をインド人建築家、Mr.ラジェンドラとビジネスパートナーのアショカさんと三人、パンツいっちょで泳いだ時のこと。小さな南インドの漁村での事なんですが、村の人は遠巻きに「あほとちゃうか?」と、突然泳ぎだした中年の日本人を珍しそうにあきれたように見ていました。なにせ向こうは冬、そんなときに誰も泳ぎません。でも僕には夏の日本海くらいの冷たさくらいのちょうど良い、気持ちいい海でした。なにより「アラビア海」という響きがいいじゃありませんか!海に仰向けになって浮かんだら、紫の空に白い月、周りの海面は夕陽に照らされて金色に輝いている、おお、これはあの「月の砂漠」の風景ではないか!「月の砂漠をはるばると、ラクダに乗って行きました」、思わずこの歌をイメージしました。う〜ん、ロマンティックやったなあ。

海からあがって、その砂浜を足で踏みしめたら偶然「泣く」事を発見し、それを遠巻きで見ていた村人に教えてやったら、誰も知らなかったらしく、子供や奥さんを含む、30人くらいの集団が「キュッ、キュッ!」と足を踏み鳴らし始めました。
僕は「これはチャービング ビーチというのだ」と教えついでに日本語で「泣き砂浜」(Naki-suna-hama)と教えてやりました。彼らは「Naki-suna」と口々に言っていましたので、今後、その小さな村の浜はそう呼ばれるのじゃないかしら?

ヤシの木から作る謎の液体、その名もは「マリ」。あ、あやしいぞ!

泳いだ後、インド人建築家、Mr.ラジェンドラが「マリを飲もう!となんか訳ありないたずらっぽい目で僕を誘うのです。さっきも言ったようにインドではほとんど酒は御法度。この村でもそれは同じ。「マヒって何ゃ?」ときいても、Mr.ラジェンドラはまともに答えず、生活用品を売る小さな店の裏へと先に立って歩き始めました。辺りはもうすでに真っ暗、店の裏には照明などなく足下もおぼつかない。壁と思われた所に押すと開く小さなくぐり戸があって、その中へ入ってしまった。なんか秘密めいた雰囲気にわくわくしながら僕も続いて入ると、なにもない小さな部屋、学校で使うような木の机とワインかなんかの瓶に摘められた薄い黄色の液体だけがある。これが「マヒ」らしい。とてもあやしいぞ、完全にアンダーグラウンドで、まるでドラッグをやるような雰囲気ではないですか。「酒やろ?それも密造酒やろ?」と僕。でもラジェンドラは「酒じゃない、タダの混合物だ」と言う。で、とにかく飲んでみようと口をつけたのですが、その時、アショカさんも入ってきてしまいました!彼はとても敬虔なヒンディー、めったな事は言えないので、ごくりと飲んでから、思わず僕が口に出したのは「うん、ただの混合物だ、たしかにジュースやな」という言葉でした。

このあとなぜかジュースのはずが顔は赤くなり、もう一杯、もう一杯、と僕とインド人建築家は、はてしなくイイ気分になり、インドの夜はふけていくのでした。

そうです、あれはヤシの木からとれる「マリ」というあやしい謎の液体なのです。

今回はここでおしまい。第4話へ続く。

 

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金色に輝くアラビア海
名運転手、バジリオ君
こんな神秘的な美しい風景に出会えます
謎の液体「マリ」を飲むラジェンドラ。ただの混合物でなんでそんなに楽しそうなんだ?!
2009年は牛年、だから年賀状用に牛のいるインドの風景を描きました。